シリーズブラック企業にならないための労務管理⑫ 労働保険 社会保険加入基準とは?

今回は、福利厚生の基本、労働保険および社会保険制度についてご説明したいと思います。
労災保険、雇用保険、健康保険等の保険制度に対して正しく理解し、正しい運用をすることは、会社経営において非常に重要なポイントとなってきます。
なぜなら、労災保険、雇用保険、健康保険等の各保険制度は福利厚生の基本となるからです。
例えば、従業員がケガや病気を負った際に保険加入が不十分で、十分な補償を受けることができなかった場合、きっとその従業員は、この会社では安心して働くことはできないと思うでしょう。
私は、これまでいくつもの会社の労務管理に携わってきましたが、特にこの保険制度に対する会社の姿勢が経営者の経営に対する考えを色濃く反映していると感じています。
経営が安定し、成長を続ける会社は間違いなく、この保険制度に対して正しい運用を行っています。
ですから、逆に言えば、ブラック企業にならないためには、各保険制度に対して正しい知識を持ち、正しく運用することが非常に重要なポイントとなります。
今回は、福利厚生の基本となる各保険制度、労働保険社会保険について正しく理解していただくために、3回にわたってブログをお届けします。
今回は、まず各保険制度の基本的な考え方、法律的なこと、そして後半では、各保険制度について経営者の方にこれだけは理解していただきたい点をわかりやすく解説していきますので、是非最後までお読みいただければと思います。
労働保険 社会保険とは?
労務管理において、労働者を雇用した場合に、会社が加入の必要が生じる保険制度として、労働保険と社会保険があります。
最初に、労働保険と社会保険について簡単にお話ししたいと思います。
労働保険や社会保険といった名前がつくと、労働保険、あるいは社会保険という保険制度があると考えられるかもしれませんが、実は労働保険も社会保険も総称です。
では、何の総称かと言いますと、労働保険は、労災保険と雇用保険の総称です。
そして、社会保険は、健康保険、介護保険、厚生年金保険の総称となります。
ですから、労働保険や社会保険という個別の保険制度があるわけではなく、労災保険、雇用保険、健康保険、介護保険、厚生年金保険のそれぞれを総称したものです。
ここを覚えておいていただくと、保険制度に関して非常にすっきり理解していただけるかと思いますので、正しくご理解して下さい。
労災保険の加入基準
それではまず、それぞれの保険制度の加入基準についてお話ししたいと思います。
保険制度を正しく運用するには、まずこの加入基準を正しく理解することが重要です。
ただ、その前に一つお断りさせていただきたいのですが、これから労災保険、雇用保険、健康保険等の加入基準についてご説明しますが、これらの保険制度には様々な条件が設けられており、基本的な考え方以外にも例外規定や年齢区分、業種による区分があります。
しかし、今回のご説明では、年齢区分や業種による区分等の細かい部分までのご説明は割愛させていただき、あくまで基本的な部分のご説明のみにさせていただきます。
年齢区分や業種による区分等の細かい部分までご説明をすると、膨大な量となってしまい、かえってわかりにくくなりますので、各制度の詳細につきましては、行政官庁等でご確認いただければと思います。
まず労災保険の加入基準についてご説明したいと思います。
労災保険は、業務上の事故、あるいは通勤途上の事故等で労働者がけが等を負った場合に必要な保険給付を受けることができる制度です。
正式には労働者災害補償保険といいます。
労災保険は、会社、経営者、法律用語で使用者というのですが、使用者は、個人法人を問いません。
つまり、個人事業主であっても労災保険の加入義務が生じます。
そして、対象となる労働者ですが、ここが重要なポイントです。
労災保険の場合、対象となる従業員は全労働者です。
労働者には、パートタイマーやアルバイト等も含まれます。
ですから、週に1日1時間しか働かないアルバイトを雇用した時点で、労災保険に加入しなければいけないこととなります。
労災保険は全ての労働者が対象となる、ここが非常に重要なポイントですので、ぜひ押さえていただければと思います。
雇用保険の加入基準
次に雇用保険の加入基準についてご説明したいと思います。
雇用保険は、労働者が、退職後一定期間、安定した生活を行うための保険給付を行う制度です。
よくハローワークで失業保険をもらうという話を聞くかと思いますが、まさにそれです。
ただ、失業保険というのは正しい言い方ではなく、正式には失業等給付といいます。
雇用保険の加入基準ですが、雇用保険も労災保険と同じく、使用者は、個人法人を問いません。
ですから、個人事業主であっても必要な場合には、雇用保険に加入しなければいけません。
そして、雇用保険の加入基準ですが、労災保険は全ての労働者が対象となりますが、雇用保険には加入する労働者の条件が決められています。
2024年6月時点での法律では、週の労働時間が20時間以上、そして31日以上の雇用見込みがある、この二つの条件を満たしている労働者を雇用した場合には、雇用保険に加入しなければいけません。
ですから、雇用期間が1年でも、週の労働時間が15時間の労働者は雇用保険には加入させる必要がありません。
そして、昼間学生、例えば大学生や高校生は、加入基準を満たしていても、雇用保険に加入する必要はありません。
ただし、夜間学生、つまり昼間会社で働いて夜学校に通う学生は、加入基準を満たしている場合、雇用保険の加入義務が生じます。
雇用保険の加入基準は、以上となります。
ですから、例えば、独立開業して最初に雇った労働者が週に15時間しか働かない労働者であれば、労災保険だけ加入すればよいことになります。
その後、雇用保険の加入条件を満たす労働者を雇用した時点で、追加で雇用保険に加入する形となります。
社会保険の加入基準
では次に社会保険の加入基準についてご説明したいと思います。
社会保険は、先程もご説明しましたが、健康保険、介護保険、厚生年金保険の総称です。
健康保険は、業務外の事故等で病気やけがを負ったときに必要な保険給付を受けることができる制度です。
介護保険は、介護状態になったときに必要な保険給付を受ける制度です。
そして厚生年金保険は、老後に安定した生活を送るための保険給付を行う制度です。
また、労働者が障害を負ったり、遺族になった場合にも、保険給付が行われる制度です。
社会保険の場合、健康保険、介護保険、厚生年金保険の加入基準は、基本的な考え方は同じです。
ただ、各制度によって加入できる年齢が異なる等、細かい部分で違いがあります。
ここでは、加入基準の基本的な考え方をご説明したいと思います。
まず使用者についてですが、社会保険の場合、労働保険と違い、使用者が、個人事業主の場合と法人の場合で少し基準が異なります。
使用者が、個人事業主の場合、一定の業種で労働者を5人以上雇用している場合に、加入義務が生じます。
ただし、労働者5人と書いてありますが、正確には雇用している労働者ではなく、後でお話しする加入基準を満たした労働者を5人以上雇用している場合には、必ず社会保険に加入しなければいけなくなります。
それに対して、使用者が、法人の場合は、加入基準を満たしている労働者を1人でも雇っている場合に必ず社会保険へ加入する必要があります。
なお、社会保険では、労働者の概念に取締役等の役員も含まれています。
ですから、代表取締役1人で法人として独立した場合は、社会保険の加入義務が生じることとなります。
なお役員の加入基準については少し複雑ですが、今回は説明を割愛させていただきます。
ただし、法人の代表取締役の場合は必ず社会保険に加入しなければなりませんので、社長1人で法人を開業した場合は、その時点で社会保険に加入する必要があるのでご注意して下さい。
なお、先程ご説明した使用者が個人事業主の場合ですが、社会保険では個人事業主は、労働者の概念を持たないので、個人事業主本人が、社会保険へ加入することはできません。
ですから、例えば、個人事業主で、加入基準を満たしている労働者を5人雇用している場合には、会社としては、社会保険へ加入しなければなりませんが、個人事業主本人は社会保険へ加入することはできません。
また、加入基準を満たしている労働者が4人しか雇用していない場合には、そもそも会社として社会保険へ加入する義務は生じないこととなります。(個人事業主と労働者を足して5人という考え方はしません。)
次に、労働者の加入基準についてご説明したいと思います。
社会保険では、通常の労働者の1ヶ月の労働日数と1週間の労働時間が、それぞれ4分の3以上である労働者が社会保険へ加入する義務があります。
ここで言う、通常の労働者というのは、正社員やフルタイムで働く労働者のことを指します。
つまり、パートタイマーやアルバイトであっても、通常の労働者の1ヶ月の労働日数と1週間の労働時間の、それぞれ4分の3以上ある場合には、加入義務が生じることとなります。
少し分かり難いと思いますので、具体的な数字でご説明したいと思います。
仮に通常の労働者の1ヶ月の労働日数が20日で1週間の労働時間が40時間とすると、それぞれ4分の3は1ヶ月の労働日数が15日、1週間の労働時間が30時間となります。
つまり、1ヶ月に15日以上、1週間に30時間以上働く労働者は、社会保険に加入しなければなりません。
ここでご注意していただきたいのが、通常の労働者の1ヶ月の労働日数と1週間の労働時間の両方が4分の3は以上ある労働者が、加入義務が生じます。
ですから、どちらか一方の条件を満たしていない場合には、社会保険への加入義務がありません。
従って、例えば1週間30時間働くけれど、1ヶ月の労働日数が10日の労働者は、社会保険に加入する必要はないこととなります。
社会保険の加入基準の緩和
社会保険の加入基準の原則的な考え方は今ご説明した通りとなります。
しかし、大企業等の一定規模の企業に対しては現在、この基準が緩和されています。
緩和と言えば聞こえはいいのかもしれませんが、経営者からすれば厳格化なのかもしれません。
いずれにしても、加入基準が緩和されています。
その緩和基準というのが、2024年6月現在、労働者101人以上の会社で週の労働時間が20時間以上、月収が8万8000円以上、2ヶ月を超える雇用見込みさらに学生ではないことです。
この「学生」とは、先ほどお話しした雇用保険と同じで、昼間の学生のことを指します。
これらの条件を満たしている労働者は、社会保険に加入しなければなりません。
ただ、ここで一つ注意が必要です。この101人以上というのは、雇用している労働者全体ではなく、原則的な加入基準によって社会保険に加入している労働者が101人以上であることを指します。
例えば、労働者が150人いる会社でも、原則的な加入基準で社会保険に加入している労働者が80人で、原則的な加入基準を満たしていないパートタイマーやアルバイトが、70人の場合は、この条件には該当しません。
ただし、この加入基準が2024年10月より変更されます。
2024年の10月より、労働者数101人が51人以上になります。
ただし、この労働者の考え方は、先ほどと同じで、原則的な加入基準で社会保険に加入している労働者数が51人以上となります。
ですから、原則的な加入基準で社会保険に加入している労働者が80人いる会社の場合は、令和6年の10月からこの条件に当てはまる労働者を社会保険に加入させなければならないこととなります。
以上のように各保険制度、労災保険、雇用保険、健康保険、介護保険、厚生年金保険につきましては、それぞれ加入基準が決められています。
そして、その加入基準を満たす労働者を雇用した場合には、それぞれの保険制度に加入させなければなりません。
繰り返しになりますが、各保険制度の中で特に注意すべき点としては、労災保険です。対象者が全労働者となります。
また、社会保険については、法人の場合、従業員がいなくても社長1人であっても加入する義務が生じます。
そして、今後加入基準の緩和が予定されています。
このような点を押さえていただければと思います。
加入の有無はあくまで雇用期間や労働時間 労働日数!
最後に各保険制度について、経営者の皆さんに必ず理解していただきたい点をお話しします。
これまでご説明したように、各保険制度にはそれぞれ加入基準が設けられています。
もう一度確認していただきたいのですが、各保険制度の加入基準は、労災保険以外に関しては、労働時間や労働日数、雇用期間の長さといった条件で決められています。
ところで、「うちはパートタイマーやアルバイトには、とても社会保険に入れる余裕がないから加入させていません。正社員だけです。」「うちの会社では社会保険に入るのは準社員と正社員だけにしています。」といったお話を聞くことが時々あります。
しかし、繰り返しになりますが、各保険制度の加入基準は、あくまでも労働時間や労働日数、雇用期間の長さで決められるわけです。
ですから、パートタイマーやアルバイトといった労働者の区分や名称によって加入するかどうかを決めるものではありません。
ここは多くの経営者が誤って理解しているところです。
経営者だけでなく、労働者も、以前は誤った認識を持っている方が多かったのです。
私が社会保険労務士になって20年以上経ちますが、社会保険労務士になった頃は、「今度あの会社でフルタイムで働くことになったのだけど、あの会社は社会保険に入れてくれる。本当にありがたい」と言う労働者が結構いました。
でもそれは本来おかしな話です。
他の会社が入れてくれないのに、この会社は入れてくれた、ありがとうと労働者が思う気持ちはわかりますが、社会保険や雇用保険の加入基準は労働時間や労働日数によって決められるわけです。
その基準を満たしているのであれば、必ず入らなければいけないわけです。
ある意味、加入して当然なのです。
もっと言えば、これらの条件を満たしている労働者を雇用した場合、労働者が「いや、私は社会保険には加入したくない。」と言っても必ず加入させなければならないこととなります。
ただ、20年以上前ですと、今のようにインターネットも普及していなかったので、労働者が、労務管理に関する正しい知識を得ることはなかなか難しかったため、労働者の方が「社会保険に加入させてもらえるのはありがたいことだ」と思ってしまうこともある意味仕方がなかったのかもしれません。
しかし、現在のような情報化社会では、労働者の権利に対する意識は非常に高まっています。
現在であれば、社会保険の加入基準を正しく理解している方労働者はたくさんいます。
しかし、それに対して経営者はどうでしょうか?
少し厳しい言い方をするかもしれませんが、労働者の意識の高まりに比べると、経営者の意識はそこまで高くないと感じます。
つまり、経営者の各保険制度に対する意識は、労働者の意識ほど高くないと思います。
そのため、今でも「パートタイマーやアルバイトには社会保険を加入させる必要はない」と当然のように思っている経営者が結構います。
しかし、今述べたように、労働者側の意識は非常に高いです。
労働者が、採用面接に行って、加入条件を満たしているのに「うちの会社では、社会保険には入れないよ」と言われれば、労働者は、「この会社はブラック企業だ。」と考えてしまうケースも多いと思います。
ここでお伝えしたいことは、繰り返しになりますが、保険制度に加入させるか否かの判断は、あくまでも労働時間、労働日数、雇用期間の長さで判断するものであり、パートタイマーやアルバイトという労働者の区分や名称によって判断するものではありません。
パートタイマーやアルバイトであっても、これらの加入基準を満たしている労働者を雇用した場合には、必ず保険制度に加入させなければなりません。
なぜ私が、この点に関して繰り返し言うかというと、冒頭にお話ししたように、保険制度に対する会社の姿勢は、経営者の経営に対する考え方を色濃く反映していると感じるからです。
つまり、保険制度に対して正しい理解を持っている経営者が経営している会社は、優良会社であり、健全な会社となります。
逆に、誤った理解で誤った運用をしていると、本当にブラック企業となってしまう可能性が非常に高いと思います。
このブログをお読みのあなた様が経営者であれば、繰り返しになりますが、保険制度の加入は労働時間、雇用期間の長さ、労働日数などで判断されることを、今一度確認していただければと思います。
そして、これから独立開業される方は、保険制度に対する正しい知識を持つことが、会社を経営する上で非常に重要です。ぜひ正しくご理解いただければと思います。
まとめ
今回は、労災保険、雇用保険、健康保険、介護保険、厚生年金保険の各保険制度について、基本的な考え方や加入基準をご説明しました。
労働保険や社会保険制度の理解と正しい運用は、会社経営において極めて重要です。
各保険制度は、福利厚生の基本であり、従業員が安心して働ける環境を提供するために必要です。
各保険制度の加入基準は、労働時間、労働日数、雇用期間の長さで決められます。
そのため、パートタイマーやアルバイトであっても基準を満たしていれば加入が必要となります。
各保険制度に対する会社の姿勢は、経営者の考え方を反映します。
ですから、各保険制度の正しい知識を持ち、労働者に適切な保障を提供することが、健全な会社経営実現において非常に重要となりますので、是非今後のご参考になさって下さい。