シリーズブラック企業にならないための労務管理⑬ トラブル事例 労働保険編
今回は、労働保険のトラブル事例をご紹介したいと思います。
こちらの動画で労働保険、社会保険は福利厚生の基本となるため、正しい運用が会社経営において重要なポイントであることをお伝えしました。
◆ブラック企業にならないための労務管理⑫ 福利厚生の基本!労働保険社会保険Part1
⇒ https://youtu.be/HZdzXCRP_BY
もちろん、それは間違いありませんが、労働保険、社会保険の誤った運用がトラブルを引き起こし、多額の損害が発生する可能性もあります。
そのため、労働保険、社会保険の正しい運用が求められる、という面もあります。
今回は、労働保険、社会保険の正しい運用の重要性についてさらに理解していただくために、2回にわたってトラブル事例をご紹介していきたいと思います。
今回は、労働保険に関するトラブルについてお話ししたいと思います。
労災保険におけるトラブル

では本題に入っていきたいと思います。
労働保険というのは、労災保険と雇用保険の総称となります。
まず、労災保険におけるトラブル事例についてお話ししたいと思います。
労災保険は、先程ご紹介した動画でもお話ししましたが、全労働者を対象としています。
ですから、労働者を1人でも雇用した場合には、労災保険に加入しなければなりません。
ところで、労災保険は、一度会社が労災保険に加入すれば、その後、労働者を雇用した場合でも、新たに加入手続きを取る必要はありません。
つまり、一度労災保険に加入すれば、その後雇用する労働者全てが労災保険の対象となります。
ですから、労災保険に関しては、一度会社が加入すれば、あまりトラブルは起きないと思われるかもしれませんが、実は意外なところに盲点があります。
それが今回お話しする、「請負」です。
実はこの請負という形式ですが、これは意外に労務管理において登場してきます。
請負というと、よく建設業や創業、こういったところをイメージされるかと思いますが、意外に業種は幅広く、IT関係の会社からも請負について相談を受けることがあります。
どういう相談かといいますと、本来であれば労働者として雇用すべきところを、いろいろな理由で請負にしたいというものです。
例えば、労働者として雇ってしまうと、景気が悪くなったり売り上げが下がったりしたときに、人件費がかさんでしまう、あるいは労働者として雇用すれば社会保険や労働保険の保険料の負担が発生する。
ですから、雇用ではなく請負という形で業務をお願いしたい、このような相談を受けることがあります。
実は、この請負という形式をとった場合に、労災事故の発生に伴ってトラブルが発生してしまう場合が多々起こってしまうのです。
例えば、請負人が請負契約に基づく業務を行っている場合にケガを負ってしまったとします。
請負人というのは、個人事業主という形になりますので、当然発注者の労災保険は使えません。
では、ケガの治療やケガに伴って休業した場合、どうなるかということですが、もしこの請負人が健康保険に入っていた場合、健康保険は補償の対象を、業務外の事故や病気に限定していますので、そもそも健康保険から補償を受けることは一切できません。
では、国民健康保険の場合どうかということですが、国民健康保険に関しては治療費に関しては業務中のケガであっても補償を受けることができます。
ただし、休業等が起こった場合には、基本的に国民健康保険には休業に対する補償というものがありません。
あと、労災保険の特別加入の一人親方というものがあります。
労災保険は労働者を対象としていますが、事業主の場合でも特別加入をすることによって労災保険の給付を受けることができる場合があります。
その特別加入の中に一人親方という制度があります。
一人親方は個人で業務を行っている場合ですが、一人親方の場合は業種が限られています。
もしこの請負人がその一人親方の対象とならない業務をしている場合、労災保険の特別加入することはできません。
このように、請負契約で請負人がケガを負ってしまった場合に、補償を受けることができないケースが想定されるのです。
そのため、請負人が形は請負契約だったが、実際は労働者と変わりはなかった、実態は労働者であったという裁判を起こすケースが、かなりの数あります。
ここで非常に重要なポイントとなるのですが、労働法の世界では形式より実態を重視するところがあります。
つまり、いくら請負契約の形式で契約を結んでいて、契約書があったとしても、実態が労働者と変わりがないのであれば、労働者としてみなされます。
例えば、発注者から出勤退社の時刻の指示を受けていたり、仕事が完成するまでの間も、細かい指示を受けていたりするような場合には、実態として労働者とみなされることがあります。
そうなると労働者ですから、発注者の労災保険を使えることできます。
さらに、ケガをした請負人が発注者の安全義務違反の損害賠償を請求することも十分に考えられます。
そして、労災保険に関しても誤った取り扱いをしていた結果となるため、労働基準監督署の指導是正を受ける可能性も考えられます。
ですから、請負という形を取ると、このようなトラブルが発生してしまう可能性が考えられます。
もちろん正式な請負であれば問題はないのですが、先程も言いましたように、本来は労働者として雇うべきところを経費の面から、形式だけ請負という形をとるケースが意外に多いです。
実際、このようなトラブル関しては、かなりの裁判例があり、労働者として認められる判決も多々出ていますので、注意が必要です。
そして、このブログをお読みのあなた様が、「いや、でも先生、今まで請負に関しての話を聞いたことはないです。」と思われるかもしれません。
ただ、先程も言いましたように、これまで私は本当にいろいろな業種の経営者から相談を受けてきました。
ですから、これまでは請負に関して縁がなかったかもしれませんが、今後、いつ請負という話が出てくるかわからないですので、知識として知っておいていただければと思います。
雇用保険におけるトラブル事例

それでは次に、雇用保険のトラブル事例についてお話していきたいと思います。
雇用保険に関しては、2024年現在、週の労働時間が20時間以上、そして31日以上雇用見込みがある労働者を雇用した場合には、雇用保険に加入させなければいけないとされています。
そして、この二つの条件を満たしていれば、パートタイマー、アルバイトであったとしても、雇用保険に加入させなければいけません。
ですから、雇用後たとえ試用期間を置いた場合でも、雇用時からこの二つの条件を満たしていれば、試用期間中であっても、雇用保険に加入させる必要があります。
しかし、この雇用保険の加入基準を満たしている労働者を雇用しても、雇用日から雇用保険に加入させるのではなくて、一定期間経過した後、例えば試用期間終了後に雇用保険に加入させるケースというのが現実にはあります。
理由としては、せっかく加入の手続きをしても辞めてしまう労働者もいて、保険料が勿体ないからしばらく様子を見る、こういう理由が多いかと思います。
ただし、このようなことを行ってしまうと、トラブルが起こるケースがあります。
そのトラブル事例についてお話していきたいと思います。
例えば、令和2年7月1日に、雇用保険の加入基準を満たしている労働者を雇用したとします。
本来であれば、雇用日の令和2年7月1日に雇用保険に入れなければいけないのですが、3ヶ月経過後の令和2年10月1日に雇用保険に加入させたとします。
そしてこの労働者が令和3年8月31日に自己都合退職したとします。
雇用保険は、一定の条件を満たしている場合には、退職後に失業等給付を受給することができます。
よくハローワークで失業保険をもらうと言うかと思いますが、まさにそれです。(ちなみに、正式名称は失業等給付と言います。)
ところで、失業等給付をもらう条件ですが、2024年時点では、自己都合退職の場合、退職日以前の2年間の間に給料を11日以上もらっている月が12ヶ月以上あることが条件となります。
ですから、通常週20時間以上労働すれば、月に11日以上給料をもらうこととなりますので、普通に1年間働けば、失業等給付の条件を満たす可能性が高いです。
ただし、今回のケースでは、雇用保険に加入しているのは令和2年10月1日です。
退職日が、令和3年8月31日とすると、令和2年10月1日から退職日まででは、12ヶ月間ありません。
ですから、今回のケースでは、失業等給付をもらうことができないこととなります。
しかし、この労働者は、元々令和2年7月1日に雇用されています。
仮に法律通りに雇い入れ日から雇用保険に入っていれば、令和2年7月1日から翌年8月31日まで勤務すれば、1年以上となりますので、失業等給付の受給条件を満たす可能性が十分考えられます。
ところで、失業等給付というのは、雇用保険への加入の長さによってもらう日数が違ってきます。
一般的に一番多いケースは90日です。
もし仮にこの労働者が令和2年7月1日から雇用保険に入っていたとして、90日もらうことができるとなると、1日当たり仮に6,000円とすると、本来は540,000円の失業等給付金もらえたということになります。
となると、労働者は、まず納得しないと思います。
当然この労働者は、訴えを起こす可能性が十分に考えられます。
しかも、その訴えは、証明するのが非常に容易なのです。
雇用保険への未加入期間であっても、当然給料は発生していますので、給料明細が残っていれば、この期間に雇用保険に加入できたということを証明するのは、難しいことではありません。
ですから、安易に雇用保険への加入を遅らせてしまうと、このようなトラブルが起こってしまう可能性があります。
ところで、実は雇用保険の加入日を訂正することは可能なのです。
「それなら訂正すればいいのでは」と思うかもしれません。
しかし、雇用日の令和2年7月1日に雇用保険に加入するのであれば、雇用保険の加入の書類1枚出せば済むところですが、令和3年8月31日の時点で、加入日を令和2年10月1日から令和2年7月1日に訂正する場合、令和2年7月1日か令和2年9月30日までは雇用保険に加入していなかったわけですから、その期間も雇用保険に加入することができたことを証明する書類、賃金台帳や出勤簿等が必要となります。
私自身、この訂正業務は何回か経験がありますが、やっていて非常に虚しいのです。
退職の時点で、加入日を訂正する業務というのは、将来に向かって何も得るところがないわけです。
もちろん労働者からすれば、失業等給付をもらえるということがあるかもしれませんが、会社からすると、その業務に費やす労力と時間というのは、正直生産性が全くありません。
ですから非常に虚しい作業となってしまうわけです。
もしその業務を経営者やれば、それなりの時間と労力がかかります。
経営者の大切な時間と労力を生産性のない業務に費やすというのは、会社にとって大きな損失となります。
そして、3ヶ月間雇用保険への加入を遅らせた場合に、いくら保険料が得になるかを計算したいと思います。
仮にこの労働者の1ヶ月の給料を20万とすると、2024年時点の雇用保険の一般の業種に関しての保険料率は1,000分の9で、そのうち、使用者が負担するのが1,000分の6ですので、1ヶ月間の会社が負担する保険料は、1200円です。
仮に3ヶ月間、雇用保険への加入を遅らせたところで得するのは、わずか3,600円なのです。
もし、先程ご説明した訂正業務を経営者が行えば、とても3,600円の損失では済まないはずです。
つまり、雇用保険への加入日を遅らせるということは、会社の経営から考えても決して得する話ではありません。
ですから、雇用保険において、加入条件を満たしている労働者を雇用した場合には、その時点から雇用保険への加入手続きを行って下さい。
確定保険料の訂正

そして、雇用保険の加入日の訂正に関して、実際の訂正業務以外にもう一つ行わなければいけない業務、労働保険料の訂正が発生する可能性があります。
ここでは労働保険料の訂正についてご説明したいと思います。
労働保険料というのは、労災保険料と雇用保険料を合わせたものですが、4月1日から翌年の3月31日までに労働者に払った給料を基に保険料を計算する形となります。
労働保険料の仕組みについて簡単にお話しますと、労働保険料というのは年度の最初に見込みで保険料を納めます。
これを概算保険料といいます。
そして年度が終わった後に、実際に払った給料をもとに正確な保険料を確定させます。
それを確定保険料といいます。
ですから、今回のケースの、令和3年8月31日時点では、既に令和3年の3月31日までの保険料は確定されていることとなります。
しかし、令和3年8月31日の時点で、加入日を令和2年10月1日からに令和2年7月1日に訂正するということは、令和2年7月1日から令和2年9月30日までの保険料が新たに発生することとなります。
つまり、既に確定している保険料を訂正しなければいけなくなってくるわけです。
実は、この労働保険料の訂正というのは、経験がない経営者には、なかなか難しい業務となります。
ですから、雇用保険の加入日を遅らせることによって、このような余分な業務が発生してしまう可能性もあります。
このように、雇用保険の加入日を遅らせるということは、結果的に経営者、あるいは事務担当者の大切な時間と労力を奪ってしまう可能性があります。
ですから、雇用保険への加入を安易に遅らせるということは、会社にとって決して得なことではありません。
是非正しい運用を行っていただければと思います。
まとめ

今回は、労働保険のトラブル事例についてご説明しましたが、保険関係のトラブルが起こる原因は、経費節減が主な理由となります。
しかし、経費節減のための誤った行為は、結果的にそれ以上の損失をもたらしてしまうケースがほとんどです。
ですから、目先の利益を優先させることは、経営的に見れば決して得なことではありません。
今回は労働保険のトラブル事例についてお話しましたが、正しい保険加入というのは本当に経営において重要な事項となりますので、是非今後のご参考になさっていただければと思います。

