シリーズ労働トラブル防止⑤ 固定残業制度
今回は、固定残業制度についてお話したいと思います。
固定残業制度とは、時間外割増賃金を、固定残業代としてあらかじめ一定額支払う方式ですが、この制度を用いている会社は、結構多いかと思います
しかし、固定残業制度は、労働トラブルの原因となってしまう可能性が非常に高いので、正しい運用を行う必要があります。
実際、現実には経営者の誤った理解により、間違った運用が行われているため、多くの労働トラブルが発生しており、裁判等にまで持ち込まれるケースが多々あります。
固定残業制度に関して、労働トラブルに発展してしまうと、多額の時間外割増賃金の未払いが生じてしまうため、多額の損害が会社に発生してしまいます、
ですから、固定残業制度を行うには、必要な条件を正しく理解して適切な運用を行う必要があります。
固定残業代の2つの支払い方式について
最初に、用語について2つご了解して頂きたいところがあります。
今回のブログでは、固定残業代という言葉を使いますが、正しくは固定時間外割増賃金と言うべきなのですが、固定残業代という言葉の方が、広く認識されていると思いますので、今回は、あえて固定残業代という言葉を使わせていただきます。
そして、もう1つですが、固定残業制度、固定残業代と似たような言葉で、定額残業制度、定額残業代という言葉があります。
固定残業制度、固定残業代も定額残業制度、定額残業代も意味は同じです。
元々、これらは法律用語ではなく、あらかじめ時間外割増賃金を一定額支払う方式を表現する言い方ですので、本来はどちらを使っても良いのですが、今回は、固定残業制度あるいは固定残業代という言葉を使ってきたいと思います。
固定残業制度は、先程も言いましたように、時間外割増賃金をあらかじめ一定額支払う方式のことを言います。
では、具体的にどのような形で一定額を支払うか?についてですが、これは通常 2つの方式が用いられています。
1つ目の方式は、基本給の中に固定残業代を含めて支払う方式です。
例えば、基本給は30万円ですが、そのうち固定残業代として5万円支払います、という考え方です。
そして、もう1つが、何らかの手当を固定残業代として支給する方式です。
この方式は、営業社員を抱えている会社でよく見られます。
例えば、営業手当を固定残業代として支給する方式です。
固定残業代の支払い方式としては、この2つがあります。
固定残業制が適法と認められる条件① 就業規則への明記
ところで、そもそも、このように時間外割増賃金を、あらかじめ一定額支払う方法が、法律的に正しいのか?についてご説明したいと思います。
労働基準法では、時間外割増賃金の計算は、時間単価に一定の割増率そして時間外労働時間をかけて時間外割増賃金を算出する、という規定があります。
この規定から言えば、固定残業制度は、法律の規定に反するとも言えます。
しかし、固定残業制度については、これまでの数々の裁判例の中で明らかになっていますが、固定残業制度そのものが、即法律違反とはされていません。
つまり、固定残業代としと時間外割増賃金を支払うこと自体は、法律違反とはされていないのです。
ただし、ここからがポイントなのですが、固定残業制度が、適法と認められるには、2つの条件があります。
逆に言うと、この2つの条件を満たさなければ、固定残業制度は、法律的に正しくない違法という形となってしまいます。
従って、2つの条件はとても重要なポイントとなります。
では、その条件とは何か?ということですが、固定残業制度が、適法となる条件として、まず、固定残業に関して就業規則への明記が必要となります。
例えば、基本給の中に固定残業代を含めるのであれば、「基本給の中に一定額の固定残業代を含める。」というような規定が必要となります。
また、例えば、営業手当を固定残業代として支給するのであれば、 「営業手当は、固定残業代として支給する」といった記載が必要となります。
ところで、ここはぜひ覚えて頂きたいのですが、この固定残業に関しては、数多くの裁判が行われていますが、就業規則への明記がない場合は、ほぼ100% 固定残業代が否認されてしまいます。
ですから、経営者が、 いくら「うちは営業手当を残業代として支給しています。」と主張しても、就業規則にその旨が書かれていない場合には、それは残業代とはみなされなくなってしまいます。
ところで、近年、この固定残業制度に関しては、トラブルが多い関係で、裁判では、適法と認められるための条件が厳格化されています。
具体的には、就業規則に固定残業を行っている旨を単に明記するだけでなく、具体的な金額やその金額に相応する時間外労働時間等も明らかにしなければいけないとされています。
特に注意が必要なのは、固定残業代を基本給に含める場合です。
就業規則に、「基本給の中に一定額の固定残業代を含める。」というような規定の場合、具体的にいくらが固定残業代で、いくらが基本給の部分かが不明瞭となります。
ですから、現在では、ここの部分が明確になっているかどうかが裁判で焦点となっています。
しかし、当然労働者によって元々の基本給の額や想定される時間外労働の時間も異なってきますので、就業規則に全てを明記するのは不可能です。
ですから、具体的な金額や相応時間については、雇用契約書に明記する必要が出てきます。
つまり、固定残業が適法と認められるには、就業規則への明記はもちろんですが、具体的な金額や相応時間を個別の雇用契約書にも記載する必要があります。
ここは非常に重要なポイントとなりますので、まずご理解下さい。
固定残業制が適法と認められる条件② 不足額の支給
固定残業制が、適法と認められるための2番目の条件は、不足額の支給です。
これは、どういうことかと言いますと、例えば、固定残業代として営業手当を5万円支給している場合に、ある月の実際に時間外労働した時間から計算した時間外割増賃金が8万円だった場合、3万円の不足分を払わなければいけないということです。
固定残業制度というのは、固定残業として一定額を払えば、それ以外に一切時間外割増賃金払わなくて良いという制度ではありません。
毎月 必ず時間外労働時間の管理をして、不足が出た場合には、必ず不足額を払わなければいけない制度となります。
不足額の支給も、固定残業制度が適法と認められるための、重要なポイントとなりますので、ぜひ正しくご理解下さい。
固定残業制度の恐ろしさ
ところで、この固定残業制度は、実は非常に恐ろしいところがあります。
というのは、固定残業制度が、適法でないと裁判で判断されてしまった場合には、結果的に時間外割増賃金を1円も払っていなかったこととなってしまいます。
いくら経営者が、「営業手当5万円は、残業代です。」と主張しても裁判で認められなかったら、営業手当は、単なる一手当に過ぎません。
もし固定残業制度が、否認されてしまった場合で、仮に毎月の実際の時間外割増賃金が、5万円だった場合、先程も言いましたように、固定残業制度が否認されてしまうと、時間外割増賃金を1円も払っていなかったこととなりますので、毎月5万円の時間外労働割増賃金の未払いがあったこととなります。
ところで、現在(令和5年8月1日)での賃金の請求期間は3年間(36ヶ月)となっています。
ですから、もし固定残業制度が否認されてしまい、毎月の時間外労働割増賃金の未払いが、5万円だった場合には、未払い金額の総額は、5万円×36ヶ月= 180万円となります。
もし、対象となる労働者が10人の場合には、180万円×10人=1,800万円もの未払い分を支払わなければいけなくなります。
さらに恐ろしいのが、裁判所が付加金の支払いを命じる可能性があります。
付加金というのは、払うべきものを払わなかったからペナルティと思っていただければ結構なのですが、付加金は、最大未払い分と同額まで支払を命じられる可能性があります。
ですから、もし1,800万円の時間外割増賃金の未払いがあって、さらに同額の付加金が支払い命令された場合には、3,600万円の金額を支払わなければいけなくなります。
このように、固定残業制度が、否認されてしまうと莫大な金額を支払わなければいけないケースが起ってしまうのです。
このように、固定残業制度は、恐ろしいリスクが潜んでいるのです。
従って、これから固定残業制度を導入する会社であれば、必ずこの2点を注意して制度を導入していただければと思います。
ところで、新たに固定残業制を導入する会社であれば、固定残業制が、適法となる方法で制度を導入すれば良いのですが、既に固定残業制を導入していて、これまでお話した、2つのポイントの基準を満たしていいない場合には、どのような対応をすれば良いのでしょうか?
この点につきましては、セミナー等でよくこんなご質問を受けます。
「今、固定残業制度を導入していますが、就業規則への明記はしていません。ですから、就業規則への明記を行えば、大丈夫なのですよね?」
実は、そう簡単な問題ではないのです。
例えば、現在、基本給25万円で、営業手当を5万円支給していて、経営者は、営業手当を固定残業代として支給しているけど、その旨を就業規則に明記していないとします。
その場合、就業規則に「営業手当は、固定残業代として支給する。」ということを規定した場合、何が問題かと言いますと、経営者は、営業手当を固定残業代として支給しているつもりであったとしても、就業規則への明記がないため、固定残業代としてみなされなかった場合、単なる一手当でしかありません。
その場合、時間外割増単価を計算する場合には、営業手当の5万円を含めなければなりません。
しかし、就業規則に「営業手当を固定残業代としてみなす。」と規定することによって、今度は、時間外割増単価を計算する際には、営業手当お5万円を含める必要はなくなります。
その結果、時間外割増単価が下がる形になります。
これは、労働者にとって不利益な変更となる可能性が非常に高いと言えます。
従って、営業手当が固定残業代としてみなす旨を、一方的に就業規則へ明記してしまうと、労働者が訴えを起こした場合には、裁判等で否認されてしまう可能性があります。
ですから、既に固定残業制度を導入していて、就業規則に明記がされていない場合で、明記を行う場合には、労働者に誠意ある対応をもって、労働者全員の同意をもらう必要があります。
ここは慎重な対応が求められますので、是非 ご注意していただければと思います。
固定残業代の額には注意が必要です
先程、固定残業制度が適法と認められるには、不足額があった場合には、その不足額を支給しなければいけないとご説明しました。
ところで、固定残業制度についてセミナー等でお話をすると、「不足額を払わなければいけないのはわかりました。では、固定残業の金額をあらかじめ多くして、不足額が出ないようにするのは問題ありませんよね?」といったご質問を受けます。
例えば、基本給15万円で、固定残業代として営業手当を15万円 支給していた場合に、計算式は省きますが、大体136時間分の時間外割増賃金に相当します。
この場合不足額が、発生する可能性は少ないと言えます。
ところで、このように固定残業代の金額を高額にして、極力不足額を発生させないような支給形態は問題ないのでしょうか?
実は、ここに関しては。以前労働基準監督署に聞きに行ったことがあります。
なぜ、聞きに行ったかというと、1つ疑問があったからです。
ご存じのように、労働者に法定労働時間を超えて労働させるには、36協定(時間外労働 休日労働に関する協定届)を労働者代表と締結して、労働基準監督署に提出する手続きを踏む必要があります。
ところで、その36協定の中に時間外労働の上限時間を定める必要があります。
そして その上限時間に関しては、一定の基準があります。
当時、その上限時間の上限は、原則1ヶ月45時間と定められていました。
となると、固定残業代の時間外労働相応時間が、1ヶ月45時間を超えてしまうと整合性が取れなくなります。
この点が疑問であったために、労働基準監督署へ確認をしに行ったのです。
ところで、労働基準監督署へ確認しに行った当時、この上限時間は、法律に定められた時間ではなく、大臣告示によるものでした。
大臣告示は、一定の拘束力はありますが、仮に上限時間以上に労働させても、法律違反にはならないこととなります。
ですから、労働基準監督署の回答は、たとえ固定残業代の時間外労働相応時間が、36協定の上限時間を超えていても、好ましくはないが、特段問題となることはない、という回答でした。
しかし、平成31年の4月に労働基準法の法律改正がありまして、1ヶ月45時間の上限時間が法律化され、たとえ特別条項を締結しても、時間外労働を1ヶ月45時間超えて労働させることができるのは年6回までと規定されています。
となると、固定残業代の時間外労働相応時間を45時間を超える金額で定めるということは、時間外労働が毎月45時間を超える前提となってしまうまで、法律との整合性が取れなくなってしまいます。
ですから、固定残業代の金額が、36協定の上限時間を超えてしまうと、固定残業制そのものが否認されてしまう可能性が高いと言えますので、今後、固定残業代の額の設定も重要なポイントとなってくると言えます。
まとめ
固定残業制度は、非常にトラブルになる可能性が高い制度です。
しかも、固定残業制度が、適法と認められる条件は今後益々厳格化してくる可能性が非常に高いです。
特に、現在固定残業制度を導入していて、今回お話した基準を満たしていない場合には、早急な改善が必要となります。
なお、固定残業制度の考え方は、非常に複雑ですので、疑問点や不明点がある場合には、必ず行政官庁や専門家にご相談することをお勧めします。
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