シリーズ労働トラブル防止③ 採用手続きを考える
今回は採用手続について、お話させていただきたいと思います。
多くの会社では、日々採用を行っているかと思います。
実は、この採用の手続きの方法を見直すことによって、労働トラブル防止の効果を高めることが可能となります。
今回は、労働トラブルを防止する上で、採用の際に是非知っておいていただきたい、知識やテクニック的なことをお話していきたいと思います。
採用の考え方
いきなりですが、何故、労働トラブルが起こるのか?と言えば、それは相手方が労働者だからです。
つまり、採用する前であれば、当然労働者ではないわけですから、労働トラブルが起きる余地は全くないこととなります。
つまり、採用の方法の手続きを見直すことによって、労働トラブルを起こす可能性のある労働者の雇用を極力抑えることによって、結果的に労働トラブルを防止することが可能となります。
今回は、その採用の手続きの見直しのポイントとして、大きく2つの視点からお話していきたいと思います。
ところで、本題に入る前にいくつか、ご了承していただきたいことがあります。
最初に、採用については、2つの考え方があると思います。
1つ目は、いかにしてより良い人材を採用するかという考え方。
そして、もう1つは、いかにして労働トラブルを起こさない労働者を雇用するか、つまり、労働トラブルを起こす可能性のある労働者をいかに雇用しないか。
この2つの考え方があるかと思います。
今回のお話は、後者についてお話していきたいと思います。
なお、前者の「いかにしてより良い人材を採用するか」に関しては、様々な所でセミナーや研修が行われていますし、またYouTube等にも多数、動画が公開されていますので、そちらの方をご参考にしていただければと思います。
そしてもう1つですが、「いかにして、労働トラブルを起こす可能性がある労働者を雇用しない。」という考え方についてですが、これは決して労働者本人の人間性や資質を否定することを目的としてお話するわけではありませんので、その点もご了承いただければと思います。
採用時の提出書類について
では、労働トラブルを防止するための、採用手続きの見直しの最初のポイントについて、お話していきたいと思います。
最初の見直しのポイントをお話しする前に、簡単に一般的な採用の流れについて確認してみます。
通常、労働者を雇用する場合は、会社が、ハローワークや求人雑誌等に求人募集を出し、その求人募集を見た、労働者から求職の申し込みがあり、最初に書類選考をして 、面接や実技試験等の選考試験を行うかと思います。
そして、選考試験に合格すれば、内定を通知して、雇用契約を結んで、そして働く。
このような流れになるかと思います。
では、この流れの中で、どこを見直すか?どこを検討するか?ということですが、通常、書類選考を行うために、労働者に提出させるのは履歴書です。
履歴書についてあまり深く考える方も少ないかと思いますが、履歴書というのは、労働者は嘘をつかない、虚偽のことは書かないという前提があります。
つまり、履歴書による書類選考は、いわゆる性善説に基づいているかと思います。
確かに。履歴書に嘘を書く人は少ないと思います。
しかし、履歴書は、労働者本人が書いているだけですから、何の裏付けもありません。
先程お話した、「虚偽のことは書かない」これが前提となっているだけです。
しかし、実際雇用した後に、履歴書に書かれている内容と異なったことが判明するということは、可能性的にはゼロとは言えません。
仮に、何らかの資格を保有しているために雇用した労働者が、実際にはその資格を保有していなかった場合、その資格に関する業務を行うことができなくなります。
となれば、会社としては、雇用契約に基づく適正な労働力の提供を受けることができなくなり、解雇の必要が生じてきます。
もし解雇を行えば、不当解雇で労働者から訴えられてしまうことも考えられ、大きな労働トラブルに発展してしまう可能性も考えられます。
ですか、1つの考え方として、履歴書に記載されている内容を裏付けるものも一緒に提出させる、という考え方があっても良いかと思います。
その1つの書類として、退職時の証明があります。
退職時の証明は、退職した労働者が、前に勤めていた会社に対して、退職時の証明を発行して欲しいと依頼した場合に、その会社は、必ず退職時の証明を発行しなければいけないという規定が労働基準法で定められています。
もし、退職時の証明の発行を拒むと、これは、労働基準法違反となり、罰金刑が課せられることになります。
この退職時の証明を、選考時の提出書類に加えることは、十分検討に値するかと思います。
退職時の証明は、在職中の業務内容、地位及び退職の理由等について、労働者が請求した事項について、前の会社が証明する形となります。
ですから、退職時の証明を提出させることによって、履歴書には前職の退職理由が、一身上の都合と記載されているけど、実際には懲戒解雇であったことが判明する場合も考えられます。
このように退職時の証明を提出させることによって、特定に事項に限られはしますが、履歴書の裏付けを取ることが可能となってきます。
ただ、退職時の証明の請求権の時効が、2年間と定められていますので、現時点より2年より前に退職した会社については、退職時の証明の発行義務がありません。
ですから、過去2年間に退職した全ての会社の退職時の証明を提出させるのも可能ですが、現実問題、なかなか、それも大変ですので、少なくとも前職の退職時の証明はもらう、というのも1つの考え方です。
また、雇用を検討している、労働者の前職の会社ではなくて、前々職の会社に勤務している時に従事していた業務の経験が、今回、必要と考えるのであれば、前々職の会社の退職時の証明をもらう、と考えるのも1つの方法かと思います。
一度、何らかの問題を起こして懲戒解雇させられた労働者は、同じことを繰り返す可能性が考えられます。
ですから、あえてそのような労働者を雇用しないことは、結果的に未然に労働トラブルを防ぐことになる可能性があります。(あくまでも推測の域は出ませんが)
いずれにしても、履歴書の裏付けを取ることは、結果として労働トラブルを未然に防ぐ効果が高まることは、事実かと思いますので参考にしていただければと思います。
また、同じような考え方として、厚生年金保険の加入履歴も採用時に活用することができる場合があります。
過去の厚生年金保険の加入履歴には、過去に厚生年金保険に加入していた会社に勤めていた履歴が載ってきます。
従って、厚生年金保険の加入履歴を提出させることによって、履歴書に記載されている職歴が正しいかどうかの確認が可能となってきます。
しかし、厚生年金保険の加入履歴には、当然、厚生年金保険に加入していた会社しか記載されないので、厚生年金保険に加入していなかった会社に関しては、その真偽を確かめることはできないので、100%とはいかないですが、ある程度、履歴書の裏付けを取ることができるようになるかとは思います。
ただし、加入履歴には、報酬等の個人情報に関する事項も記載されてきますので、職歴の真偽を確認するために必要無い事項については、労働者本人に黒塗りにしてもらう等の配慮は必要かとは思います。
ところで、これまでお話した退職時の証明や厚生年金保険の加入履歴の提出を求めることによって、労働トラブルを防止することができるというお話をすると、経営者の方から、
「仮に履歴書に虚偽記載をしても、それが虚偽であったということが分かった場合には、経歴詐称になりますよね。経歴詐称とであれば、懲戒解雇事由に該当するわけだから、単に懲戒解雇すれば良いだけの話だから、採用時に、特別そこまでする必要はないのではないですか?」
というような質問を受けることがあります。
確かに、ほとんどの会社の就業規則の懲戒解雇事由には、経歴詐称が記載されています。
ただし、ここで覚えておいて頂きたいのですが、「経歴詐称=懲戒解雇」という法律が、あるわけではありません。
ところで、経歴詐称が発覚するのは、通常は雇用した後となります。
つまり、相手方は、労働者となっています。
冒頭でもお話したと思いますが、なぜ労働トラブルが起きるのかと言えば、それは、相手方が、労働者だからです。
労働者は、様々な権利が付与されていますし、当然、労働者保護という考え方があります。
ですから、経歴詐称を理由で懲戒解雇された労働者が、訴訟を起こした場合に、その経歴詐称が業務に重大な影響を与えないのであれば、懲戒解雇が認められない判例が出された事例も多々あります。
従って、現実問題として、一旦雇用した労働者を解雇することは、非常に難しいところがあります。
ですから、雇用する前であれば、その段階では労働者でなく、会社との間で雇用関係が生じていないわけですから、労働トラブルにはならないわけです。
原則、会社側には採用の自由がありますので、履歴書に記載されている事項について虚偽の記載があることが判明すれば、その時点で採用しなくても、基本的には何の問題も起こらないこととなります。
ですから、労働トラブルを防止するには、採用手続きにおいて提出させる書類を検討することは、有効な手段と言えます。
書類提出の時期を考える
労働者を雇用する時に、その労働者が持っている資格や能力を必要とするために、その労働者を採用する場合も当然あります。
その場合、資格や能力を証明する書類を提出させることも重要なポイントなります。
しかし、資格や能力を証明する書類の提出については、既に多くの会社で行われているかと思います。
ですから、ここでお話するのは、資格や能力を証明する書類を提出させることではなく、提出する時期です。
実は 今回お話する2番目のポイントが、書類の提出時期を考えるということです。
資格を証明する書類や学校を卒業したことを証明する書類というのは、雇用契約が終わった後に提出させるのが一般的です。
多くの会社の就業規則には、「入社したあと 何日以内にそのような書類を出しなさい」というような規定となっています。
しかし 入社してしまったあと、つまり もう労働者となってしまっています。
ところで、私が 現在持っている資格は、社会保険労務士という国家資格ですが、似たような名前の資格が、 実はあります。
労務管理士といった民間の団体が用いている資格のようなものがあります。
会社は 社会保険労務士の資格を持っていると思ったけど、社会保険労務士の資格ではなくて、今 言ったような民間の資格だった場合、入社したあとに書類を見てわかるわけです。
先程の経歴詐称ではありませんが、当初予定していた資格が無いとなれば会社としては 想定外の形となってしまいます。
となれば、社会保険労務士の資格がなければ雇わなかった、という考えるのは当然と言えます。
しかし もう雇ってしまっているわけですから、解雇の問題が発生してしまいます。
ですから 資格や能力等を証明する書類についても、採用する前に出させるという考え方は、検討しても良いかと思います。
では、具体的にいつ提出させるかと?ということですが、書類選考の段階で、そのような書類を一緒に出させるというのも、1つの方法かと思います。
ただ、さすがにこれは労働者からしても、まだ雇用されていない会社にそのような書類を出すのは 抵抗があるかと思います。
ですから 1つの考え方としては、書類選考に関しては 履歴書だけで行って、そして試験も面接とか実技によって選考試験を行い、そして、もしその結果として
その労働者を雇用するのであれば、すぐに内定を出すのではなくて、
「あなたは一応試験の結果、採用する予定ですが、退職時の証明、資格を証明する書類、学校卒業を証明する書類等の書類を必ず1週間以内に出して下さい。
その書類に問題がないのであればその時点で初めて内定を出します 採用を決定します。」とこのような流れにすれば、労働者としても書類さえ出せば採用が決定するということであれば、書類を提出するのは さほど抵抗が無いかと思います。
もし 提出された書類が、履歴書や面接の時に話した内容と食い違っているのであれば、その時点では、内定出す前ですから、採用しなければ良いこととなります。
さらに、事前に、書類に問題があれば採用を見送る可能性もあるということを伝えておけばよりトラブルを防止できます。
労働トラブルを未然に防ぐ効果は
このような手続きを踏めば、労働トラブル防止の効果は、十分期待できるかと思います。
ところで、このようなお話をすると、よく経営者の方から
「でも先生 今こんな人手不足の状況でこのようなことをすれば労働者なかなか雇えないです。」
というよう言われる経営者の方がいます。
確かにその点は 正しいかと思います。
しかし、何もしなければ労働トラブルというものは減らないわけです。
もし 労働トラブルが頻繁に起こってる会社で、従来通りの事をやり続けるのであれば、労働トラブルは絶対に減りません。
労働トラブルを減らすには、何かしらの方策を考えなければいけないし、そして それを実行しなければいけません。
ただし、それぞれの会社の実情に合わせて、できるところを取り入れていただければ良いと思います。
求人の数が多い会社であれば、採用のハードルを高くしても良いかもしれません。
しかし なかなか求人が来ない会社の場合には、どれか1つだけ、例えば、前職の退職時の証明だけはもらおう、このような取り組みでも 良いと思います。
繰返しになりますけど、労働トラブルを防止するには、何らかの方策や手間をかけなければいけない、これはれっきとした事実となります。
厚生労働省が採用の選考基準について
今回お話しました採用の手続きを考えることによって労働トラブルを未然に防ぐということですが、突き詰めれば 労働者の情報をいかにたくさん集めるか ということになってきます。
「もっともっと労働者の情報を事前に集めれば、労働トラブルを起こす可能性のある労働者の雇用をなくすことができるのではないですか」というように思われる方もいるかと思います。
確かに その面はあるのですけど。
しかし ここに関しては注意が必要です。
先程も少し触れましたが、採用というものは、原則会社側に採用の自由というものがあります。
どんな労働者を雇用するかは、会社の自由です。
どのような理由で、労働者を採用するかしないかというのも 本来は自由です。
しかし そこを完全に自由としてしまえば、やはり、いろいろな問題が出てきます。
実は 厚生労働省が採用の選考基準というものを公表しています。
この採用の選考基準の中では、「労働者を採用する場合には、労働者本人の適性や能力を基に採用をして下さいと。」となっています。
逆に言えば、「労働者本人の適性や能力以外の事項で採用を決めてはいけない」とされています。
厚生労働省の採用の選考基準は法律ではありませんが、厚生労働省が公表しているためにある程度の強制力というものがあります。
ここで注意しなければいけないのが、この選考基準は、労働者本人の適性や能力を基に採用して下さい、労働者本人の適性や能力以外の事項を基に採用を決定してはいけないということですが、さらに 採用を決定するだけではなく、その前段階として労働者本人の適性や能力に関係のない事項を聞いたりそれを裏付ける書類の提出、このようなことも禁止しています。
具体的には3つの点を注意しています。
そこを少しお話したいと思います
まず1番目ですが、本人に責任のない事項の把握をしてはならないとされています。
具体的に代表的なものをお話したいと思います。
本籍 出生地に関することは聞いてはいけないとされています。
ですから、採用の選考の段階で、住民票や戸籍謄本 このような書類を提出させることは禁止されています。
さらに、家族に関することを聞くことも禁止されています。
例えば、「あなたのお父さんは どんな職業をされているのですか?」といったことを聞くことはできません。
2番目は、本来自由であるべき事項の把握、例えば、宗教や思想に関することは採用の段階で、聞いてはいけないとされています。
さらに 購買新聞や雑誌等に関することも聞くことは禁止されています。
3番目は 採用選考の方法に関することですが、採用を検討する時に、労働者の身元調査を行ってはいけないとされています。
さらに、合理的、客観的に必要性が認められない健康診断の実施も禁止されています。
しかし、実際に労働者を雇用した後、その労働者に健康の不安がある場合、会社としても困ってしまうところもあるので、できれば、会社は、雇用する労働者の健康については知っておきたいという面があると思います。
従って、基本的には、健康診断を採用前に行うことは禁止されていますが、全面的に禁止してしまうと、やはり、問題が起きます。
例えば、運送業で採用する労働者が、てんかん等の発作の持病を持っているかどうかというのは、重要な事項となります。
実際、雇用した労働者が、業務中にトラック等を運転していて、発作を起こしてしまえば、大きな事故につながってしまう可能性がありますので、運送業の場合
採用する時にてんかん等の検査あるいは健康診断の結果等を提出させるというのは、合理的 客観的な必要性があると考えられると言えます。
また、食品会社で特定の食品に対してアレルギーを示す労働者を雇用してしまった場合、その労働者の生命に関わる事態が、発生する場合がありますので、自社の扱う食品に対してアレルギーを持っているかどうか聞くということは、ある程度 合理的 客観的に必要性が認められるかとは思います。
ただし 注意していただきたいのが、運送業であれば、どんな場合でも採用する時に、てんかん等の発作に関する検査や健康診断を行っても良いかというと、これはケースバイケースとなってきます。
ここは慎重に取り扱う必要がありますので、ここに関して、不安に思われるのであれば、各都道府県の労働局の職業安定部に相談してみるのが良いかと思います
労働トラブルを防ぐという面からすれば、労働者の情報を事前により多く集めることが必要ですが、ただし あくまでもそれは、労働者本人の適性や能力に限った事項が基本となりますのでご注意下さい。
まとめ
今回お話ししたように、採用の手続きの方法を見直すことによって、労働トラブル防止の効果を高めることが可能となります。
その一方で、それに伴って手間や労力が必要となってしまうのも事実です。
しかし、何もしなければ労働トラブルは減らないのもまた事実です。
いきなり100%を目指さず、それぞれの会社の実情に合わせて、できるところから取り入れていただければ良いと思います。
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