シリーズ労災保険⑤ 通勤中のケガでも労災保険が使えない場合がある?
今回は、通勤の途中で病院や映画館に寄った場合における、労災保険における通勤の取り扱いについてご説明したいと思います。
通勤の途中で病院や映画館スーパーマーケットに寄る、このような行為は日常茶飯時に行われているかと思います。
労災保険ではこのような行為に対しては、特別な取扱いをしています。
実はこの部分は、労務管理において非常に重要なポイントとなってきます。
先程言いましたように、日常的に行われている行為ということは、それだけ身近な問題なのです。
従って、通勤の途中に病院や映画館、スーパーマーケットに寄った場合の取扱いについて正しく理解することは非常に重要なポイントとなります。
今回のテーマは、通勤の途中で病院や映画館、スーパーマーケット等に寄るなど、通勤以外の行為を行うことについてご説明していく形となりますので、その前提として、そもそも通勤とはどういうものか?ということを正しく理解していただく必要があるわけです。
通勤につきましては こちらのブログで詳しくお話していますので、今回のブログは、こちらのブログをお読みになっている前提でご説明の方を進めていきたいと思います。
中断と逸脱について
前回のブログでもご説明していますが、労災保険で通勤とは、こちらに書かれている3つの移動を合理的な経路及び合理的な方法で行うことを言います。ただし 業務の性質を有するものは除くとされています。
① 住居と就業の場所との間の往復
② 就業の場所から他の就業の場所への移動
③ 住居と就業の場所との間の往復に先行し、又は後続する住居間の移動
ところで、通勤の移動の中で最も身近なものは、①の「住居と就業の場所との間の往復」となります。
これは、基本的には、自宅から会社、会社から自宅への移動となりますが、しかし、現実には、この移動中に病院や映画館、スーパーマーケットへ寄る等の通勤とは関係のない行為を行うことが日常的に行われているかと思います。
このように、通勤途中に通勤とは無関係の行為に対して、冒頭でもお話ししましたが、労災保険では、特別な取り扱いをします。
労災保険では、通勤途中に通勤以外の行為を行うことを、中断あるいは逸脱と呼びます。
では、中断および逸脱についてご説明していきたいと思います。
まず中断とはどのような行為かについてご説明します。
中断とは、通勤経路上で通勤とは関係のない行為を行うことを言います。
例えば、 通勤経路上に映画館があって、会社の帰りに映画を見て帰る、このような場合を言います。
それに対して逸脱とは、通勤途中で就業又は通勤とは関係のない目的で、合理的経路からそれる行為のことを言います。
例えば、会社から住居へ帰る時に、合理的経路から少し離れた所に映画館があり、その映画館に行くために合理的経路から離れる場合、逸脱となります。
では、通勤途中に、中断あるいは逸脱が行われた場合に、労災保険では、どのような取り扱いをするかについてご説明していきたいと思います。
労災保険では、通勤途中に中断または逸脱が行われた場合には、中断または逸脱以降は通勤とはみなさなくなります。
少しわかりづらいかと思いますので、もう少し具体的にご説明したいと思います。
まず中断ですが、会社の帰りに、通勤経路上にある映画館に寄って映画を見て帰る場合には、映画館に入った時点から、その後は、通勤ではなくなります。
ですから、映画館は、通勤経路上にあるわけですから、映画を見終えれば、当然合理的な経路を使って帰宅しますが、映画館に入った時点で、その日の通勤は、終了していますので、自宅へ戻る途中、たとえ合理的経路および合理的な方法であっても、労災保険の補償を受けることはできないこのような形となってきます。
次に逸脱ですが、通勤経路から少し離れた場所に映画館に行く場合には、通勤経路から外れる形となります。
労災保険では、通勤経路から外れた時点から、通勤とはみなさなくなります。
ですから、通勤経路から外れている間はもちろん、仮に映画を見終わって、通勤経路に戻ってきたとしても、労災保険の補償対象とはならなくなります。
ただし、中断および逸脱に関しては、例外規定があり、ささいな行為は除くとされています。
ささいな行為とは、例えば、通勤途中にのどが渇いたから、通勤経路上にある自動販売機で飲みものを買う場合や、あるいは通勤途中に、腹痛を催したから近くの公園のトイレに行くなどが考えられます。
自動販売機で飲みものを買うという行為は、通勤とは関係ありませんし、近くの公園のトイレに行く場合には、通勤経路から外れることとなります。
しかし、人間、喉も乾きますし、腹痛になることもあります。
ですから、このような生理現象に伴う行為に関しては、ささいな行為として、このような行為を行ったとしても、中断または逸脱とはみなさない形となります。
ところで、先程の映画館の事例は、帰宅途中のケースでしたが、中断および逸脱は、当然出勤途中でも起こり得ます。
例えば、電車で通勤している労働者が、ある日たまたま早く駅に着いてしまい、会社が、始まるまで時間があるから、通勤経路上にあるパチンコ店で少しパチンコをして時間を潰した場合、このような行為は、中断となりますので、パチンコ店に入った時点で通勤は終了し、パチンコ店から会社まで行く間は、通勤とはみなされないこととなります。
従って、その間で事故等に遭って負傷した場合でも、労災保険の保障対象とはならない形となります。
また、逸脱も同じ考えをします
出勤途中に、通勤経路から外れた場合には、その時点から通勤とはみなされなくなります。
出勤途中の中断、逸脱については、意外に盲点的なところがありますので、正しくご理解していただければと思います。
中断、逸脱の例外規定
中断、逸脱についての基本的な考え方は、ある程度ご理解していただけたかと思います。
ところで、この中断と逸脱の規定をあまりに厳格に規定してしまうと、労働者にとって著しく利便性が欠けてしまうこととなります。
多くの労働者は、会社の帰りにスーパーマーケットに寄ったり、クリーニングを取りに行ったり、病院へ行ったりと日常生活に必要な行為を行なっています。
もし、これを一旦自宅に帰ってからスーパーマーケットに行く、あるいはクリーニング店に行くとなると、労働者からすれば、非常に不便を感じてしまいます。
また、労働者の中には、会社の近くの病院に通っている労働者もいると思います。
例えば、ある労働者の自宅が、会社から20キロも離れていたら、一度自宅に帰ってまた20キロを戻って病院に行くとなると、さすがに労働者にとっては、酷な話となります。
そのため、労災保険では、中断と逸脱について例外規定を設けています。
中断、逸脱の行為が、日常生活上必要な行為であって、厚生労働省で定めるものをやむを得ない事情により行うための最小限度のものである場合には、中断、逸脱が終了して通勤経路に戻った場合には、再度通勤として取り扱います。
つまり、中断、逸脱の原則的な考え方は、中断、逸脱以降は通勤とはなりませんが、一定の条件を満たした場合には、中断、逸脱の行為が行われている間は通勤でありませんが、中断、逸脱の行為が終了し、合理的な経路に戻った時点から、再度通勤として取り扱うという趣旨です。
少し分かりづらいかと思いますので、この例外規定を解説していきたいと思います。
まず、「日常生活上必要な行為であって 厚生労働省で定めるもの」ですが、厚生労働省が定めるものは、具体的には以下のものとなります。
① 日用品の購入その他これに準ずる行為
※スーパーマーケット、クリーニング店、美容院等に寄る行為
② 職業訓練等の職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
③ 選挙権の行使その他これに準ずる行為
④ 病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為
⑤ 要介護状態にある配偶者、⼦、⽗⺟、配偶者の父母並びに同居し、かつ、扶養している孫、祖父母および兄弟姉妹の介護(継続的に、または反復して行われるものに限ります。)
そして、上記の行為をやむを得ない事情により行うための最小限度のものである場合とあります。
まず、「やむを得ない事情」とありますが、このように書くとすごく深刻な状況、例えば、日用品の購入として、食料品が該当しますが、今日スーパーマーケットに寄らないと、明日餓死してしまうような状況でなければならないと思われるかもしれませんが、法律は、そこまで求めていません。
ここに関しては、通常の感覚で考えてもらえれば結構です。
普通に冷蔵庫に食料が少なくなってきてから、今日買い物しないと困る、その程度の理由でやむを得ない事由に該当します。
そして、最小限度のものである場合ですが、ここは少し注意が必要となります。
ただし、最小限度のものである場合については、少しイメージするのが難しいところがありますので、後段で事例を交えながらご説明したいと思います。
では、次に中断、逸脱の例外的な取り扱いについて具体的にご説明していきたいと思います。
まず中断ですが、帰宅途中に通勤経路上にあるスーパーマーケットに寄って、食料品を購入するケースでご説明したいと思います。
この場合、スーパーマーケットに入った時点で、一旦通勤が終了します。
しかし、買い物を終え、スーパーマーケットから出てきて、通勤経路に戻った時点で、通勤が再開されたこととなります。
ですから、スーパーマーケットから自宅までの間に、事故等で負傷した場合には、労災保険の補償の対象となります。
ただし、ここでご注意いただきたいのが、中断中、つまりスーパーマーケットで買い物中は、通勤とはみなされません。
ですから、例えば、スーパーマーケット内で転倒してケガをした場合でも、労災保険は適用されないこととなります。
次に逸脱の例外規定ですが、先程もご説明しましたように、逸脱行為を行うために通勤経路から外れた時点から、通勤とはみなされなくなりますが、例外規定では、逸脱行為が終わり、通勤経路に復した時点から再度通勤とみなされます。
従って、例えば、通勤経路から少し離れたところにある、スーパーマーケットに食料品を購入するために、通勤経路から外れた場合には、食料品の購入を終え、再度通勤経路に復した時点から、通勤と取り扱われることとなります。
ただし、ここでも注意が必要なのは、通勤経路から外れて再度通勤経路に復するまでの間は、通勤とはされないので、この間に事故等に遭い負傷した場合でも、労災保険の補償の対象とはなりません。
中断と逸脱についての例外規定に関する事例
ここでは、中断と逸脱をよりご理解いただくために、事例、しかも、少し極端な事例をご紹介していきたいと思います。
これは、私の個人的な考えなのですけど、法律を理解する時に極端な事例を考えると、法律の理解にすごく役に立つと言えます。
ですから、今回は、少し極端な事例をいくつかご紹介していきたいと思います。
大型ショッピングセンター高級品を買う
先程ご説明しましたように、中断、逸脱の例外規定に該当する厚生労働省で定めるものの中に、日用品の購入がありました。
通常日用品の購入と言えば、スーパーマーケットやドラッグストアあとホームセンターとか考えられかと思います。
ところで、スーパーマーケットと一口に言ってもいろいろな形態があります。
スーパーマーケットだけを営んでいる店舗もありますが、大型ショッピングセンターの場合は、スーパーマーケットと同じ建物の中にいろいろなお店が入っています。
法律が、例外規定として定めているのは、あくまでも日用品の購入です。
ですから、大型ショッピングセンターに行って、その中のスーパーマーケットで日用品を買うというのであれば、例外規定に該当します。
しかし、スーパーマーケットと同じ建物ですが、その建物内にある宝石や時計あるいは高級な洋服の購入は、日用品の購入には該当しなくなります。
ですから、同じ建物でも、スーパーマーケットで食料等の日用品を購入すれば、例外規定に該当しますが、宝石や時計、高級な洋服を買う場合には、例外規定に該当しないこととなります。
スーパーマーケット内で知り合いとの長時間のおしゃべり
スーパーマーケットで食料品を購入する場合で、食料品の購入後店内で知り合いと会い、その知り合いと長時間おしゃべりをするケースというのが考えられます。
スーパーマーケットで食料品を購入する行為は、中断、逸脱の例外規定に該当しますが、長時間間のおしゃべりは、日用品の購入その他これに準ずる行為には該当しない可能性が高いと言えます。
もちろん、知り合いと話すでも、数分間話す程度であれば、問題はないかと思いますが、基準が無いので一概には言えませんが、ある程度の時間以上、おしゃべりをした場合には、その時点で通勤とはみなされなくなる可能性が高いと言えます。
遠くのスーパーマーケットに寄る場合
今度は、逸脱でスーパーマーケットに寄る事例でお話したいと思います。
逸脱でスーパーマーケットに寄って食料品等を購入する行為は、通常は例外規定に該当します。
しかし、逸脱でスーパーマーケットに寄って食料品等を購入する行為であっても、例外規定が該当しないケースが考えられます。
先程ご説明しましたように、例外規定に該当するには、日常生活上必要な行為であって、厚生労働省で定めるものをやむを得ない事情により行うための最小限度のものである場合である必要があります。
ここで注意すべき点は、最小限度のものであるという点です。
通常、通勤経路から近くにあるスーパーマーケットであれば、例外規定には該当してきますが、通勤経路の近くにスーパーマーケットがあるにも関わらず、通勤経路から離れたところにあるスーパーマーケットに寄った場合には、最小限度のものであるという規定に反する可能性があります。
ただし、通勤経路から離れたスーパーマーケットに寄った場合でも、合理的な理由があれば、例外規定に該当する可能性もあります。
どこまでの範囲なら認められるかというのは、基準がないので判断が難しいところがありますが、考え方としては、あくまでも最小限度という考え方がありますので、一定距離以上のスーパーマーケットに寄った場合には、たとえ日用品の購入であったとしても、例外規定に該当しないケースも出てくるということは、覚えておいていただければと思います。
業務が終わった後に会社内で歓送迎会を行う
従業員が入退社あるいは異動した場合に、歓送迎会が行われるケースが多いかと思います。
その場合、通常は飲食店等で行われる場合が多いかと思いますが、場合によっては業務が終わった後に会社内で歓送迎会が行われるケースもあります。
その歓送迎会が、会社から出席の命令があり、出席が強制されていた場合には、その歓送迎会は、業務としてみなされる可能性が、高いと思います。
もし、歓送迎会が、業務であれば、通常の業務と考え方は同じとなりますので、歓送迎会が終了し、帰路に就けば、その時点から通勤が開始されたこととなります。
しかし、会社から特別命令があったわけではなくて、あくまでも部署や部課の中で希望者だけで行う歓送迎会の場合は、業務としては認められない可能性が、非常に高いと言えます。
もしそのような業務として認められない歓送迎会を社内で行われた場合には、歓送迎会が始まった時点で帰路の通勤が終了したとみなされます。
実際には帰路の通勤自体は行われていないので、通勤が終了ではなく、その日は帰路の通勤が行われなかったと言った方が良いかもしれません。
従って、業務ではない歓送迎会が終わった後に、労働者が、通常の経路で帰宅し、その途中で、事故に遭って負傷した場合でも、労災保険の補償の対象とはならなくなります。
では、歓送迎会に関してもう少し事例をご紹介したいと思います。
歓送迎会が、会社の命令で残業代も出ることとなれば、当然業務としてみなされる可能性が高くなります。
業務として歓送迎会が行われた場合で、その歓送迎会が終わった後に、有志だけ二次会が社内で行われる場合もあります。
二次会は、有志の集まりとなり、業務命令ではありませんので、当然業務とはみなされなくなります。
従って、二次会に参加した人は、その二次会が始まった時点で、通勤は終わったとみなされます。
業務としてみなされる歓送迎会が終わって、帰宅した労働者は、通勤途中で事故に遭って負傷した場合には、労災保険の対象となりますが、二次会が終わって、いつもの通勤経路で帰った労働者が、帰る途中に事故で負傷しても労災保険の対象とはならない、このような形となってきます。
外見上は、どちらも同じ会社から自宅までの移動となりますが、このように取り扱いに違いが出てくることとなります。
ところで、二次会が終わった後にある労働者は、仕事が遅れているから会社に残って仕事をするケースも考えられます。
このような場合、その残業が会社の指示命令によって行われているわけですから、その残業が終わって帰宅する間は通勤とみなされる可能性が高くなります。
つまり、二次会でいったん業務は終了しましたが、再度復活したイメージで捉えていただければと思います。
ただし、その場合でも、その労働者が、二次会で飲酒をした場合には、たとえ残業したとしても、帰路が通勤とみなさる可能性は低くなります。
まとめ
今回は、通勤における中断と逸脱、そしてその例外的な取り扱いについて解説しました。
中断、逸脱とその例外規定の基本的な考え方は、決して難しいことではありませんが、中断、逸脱の例外に関しては、様々なケースが想定されますので、そのケースごとに例外規定に該当するか否かを判断する必要があります。
いづれにしても、中断と逸脱およびその例外的な取り扱いは、日常的に行われています。
日常的に行われているということは、それだけ事故が発生する可能性が高いと言えますので、是非今回のブログの内容、今後のご参考になさって下さい。