減給処分には就業規則の規定が不可欠!
企業や役所が不祥事を起こした時、役員や職員が、減給処分を受け、その旨がテレビや新聞で報道されることがあります。
最近では、大相撲で横綱白鵬が、「減給金額は、給料1ヶ月分」といった報道がされたのも記憶にあるかと思います。
減給とは懲戒処分の1つで、多くの企業等は、就業規則で減給規定を定めています。
ところで、減給という言葉自体は、馴染みがあるものですが、実は、意外に知られていないルールがあります。
減給は、労務管理の実務においても、頻繁に登場します。
従って、減給について正しく理解することは、適正な労務管理を行う上でも非常に重要ですので、本ブログを書いてみました。
本ブログでは、減給及びそれに関連する制度等について、分かりやすく解説してありますので、是非、お読みいただければと思います。
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減給規定とは?
減給とは、文字通り給料を減らす行為で、懲戒処分の1つとして多くの企業の就業規則に規定されています。
通常、懲戒処分には、以下のようなものが定められます。
①戒告(かいこく)
②譴責(けんせき)
③減給
④出勤停止
⑤降格
⑥懲戒解雇
若干解説いたしますと、⑥の懲戒解雇の前に諭旨解雇を規定している場合もあります。
懲戒解雇は、会社が強制的に解雇処分を課す、懲戒処分の中で最も重いものですが、諭旨解雇は、懲戒解雇より退職金等で温情的な措置を含めた解雇とされています。
また、①の戒告は、口頭をもって反省を求めるもので、②の譴責は、書面での反省を求めるものとなります。
よく耳にする、始末書の提出がこれに該当します。
減給は労働基準法の制限を受ける
ところで、これらの懲戒処分の中で、③の減給以外は、特別法律の制限を受けることはありません。
つまり、就業規則にどのような規定をするかは、経営者の自由となります。
例えば、②の譴責の規定で始末書や顛末書を提出させる場合においてレポート用紙の枚数を定める場合、3枚でも5枚でも自由に規定できまし、⑥の懲戒解雇で、無断欠勤をした場合に懲戒解雇処分を課す場合に、処分に至るまでの日数を5日でも10日でも、極端な話、1日でも定めること自体は、基本的に法律上問題ありません。(ただし、あくまで規定することができるのであって、実際に処分を課して、労働者から訴えを起こされ、裁判等で処分の正当性、妥当性が否定される場合はあります。)
しかし、③の減給だけは、減給できる金額の上限金額が、労働基準法第91条によって規定されているため、減給規定を就業規則に規定する場合には、当然に、法律の基準内での金額で規定する必要があります。
具体的には、「減給は、1回の金額が平均賃金の1日分の2分の1を超えてはならない。」及び「減給総額が、一賃金支払期の賃金総額の10分の1を超えてはならない。」とされています。
少し分かり難いかと思いますので、具体的な数字を使って解説したいと思います。
減給の計算方法
労働基準法では、減給について2段階で制限を課しています。
まず、最初の制限が、「減給は、1回の金額が平均賃金の1日分の2分の1を超えてはならない。」です。
例えば、無断遅刻を繰返す社員に対して減給処分を課す場合、通常は、無断遅刻がある一定の回数になった場合に、処分を課すかと思います。
この場合、処分に至るまでの無断遅刻の回数が何回であれ、1つの事案としてみなされます。
懲戒処分は、1つの事案に対して1回しかできないわけですから、「減給は、1回の金額が平均賃金の1日分の2分の1を超えてはならない。」とは、1つの事案に対する1回の減給の額が、平均賃金の1日分の2分の1を超えてはならない、つまり、上限金額が、平均賃金の1日分の2分の1となります。
平均賃金の計算方法は、ここでは割愛させていただきますが、仮に平均賃金の1日分の額が、10,000円としたら、1回の事案に対する減給できる額は、5,000円が限度となります。
ここで注意していただきたいのですが、先程お話ししたように。無断欠勤の回数が5回になった時点で、減給処分を課す場合には、無断遅刻5回で1回の事案となりますので、無断遅刻の回数が5回であっても、5,000円しか減給できないこととなります。
同じように、無断遅刻が8回に及んだ時点で減給する場合でも3回で減給する場合でも同じ5,000円となります。
ですから、無断遅刻が5回に及んだ時点で処分を課す場合に、無断遅刻が5回だから、5回減給、つまり、5回×5,000円=25,000円できるわけではありませんのでご注意下さい。
次にもう1段階の制限についてご説明したいと思います。
先程の続きで、無断遅刻が5回になった時点で1回減給処分を課した後、さらに無断遅刻を繰返す場合には、新たな事案が発生するわけですから、新たに懲戒処分を課すことが可能です。
つまり、懲戒事案 → 減給処分 → 新たな懲戒事案 → 新たな減給処分 を繰返していくわけですが、ここで、減給金額の総額に制限が設けられています。
それが、「減給総額が、一賃金支払期の賃金総額の10分の1を超えてはならない。」です。
これは、例えば、無断遅刻を繰返す社員に減給処分を課した月の賃金総額が、25万円だった場合に、複数回の減給処分を課した場合に、減給の総額が、25万円の10分の1、つまり2.5万円を超えてはならない、という意味です。
ですから、1回の事案で減給できる額が5,000円ですので、5回×5,000円=25,000円ですので、5回までしか懲戒処分を課すことができないこととなります。
減給の効果は・・・?
経営者の方から、減給についての相談を受け、減給の計算方法をお伝えすると、ほとんどの経営者の方が、「たったそれしか減給できないの?」と言われます。
確かに、個人的にも、減給できる金額は、決して高くはない、と思います。
しかし、給料は、労働者にとって最も重要な労働条件で生活の糧となるものですので、労働基準法で、経営者が、むやみに減給することを禁止するのは、当然とも言えます。
ですから、これは個人的な考えとなりますが、減給は、金額うんぬんより「給料を減らす」行為そのものが、労働者に与える心理的な抑制効果を期待するものだと思います。
先程、ご紹介した懲戒処分で、①の戒告と②の譴責は、労働者にとって実質的な損失は生じません。
減給に至って初めて損失が生じるわけですから、その行為を重く受け止める労働者も多々いるかと思います。
ですから、減給は、減給できる金額は決して高くないかもしれませんが、ある程度の効果は期待できると言えます。
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就業規則に規定が必要
これは、減給に限ったことではないのですが、懲戒処分を行うには、その根拠が必要、つまり、根拠が無ければ懲戒処分は出来ないという考え方が、判例等で一般的となっております。
では、何が懲戒処分の根拠となるのでしょう?
それが、就業規則の懲戒規定となります。
今回の減給について言えば、減給処分の規定がなければ、減給処分は出来ないこととなります。
ですから、懲戒規定の整備は、労働トラブルを防ぐ意味でも非常に重要と言えます。
さらに、この考え方は、就業規則の作成義務が無い常時労働者数が10人未満の事業場においても適用されますので、就業規則の作成義務が無い事業場であっても、就業規則を作成することをお勧めします。
出勤停止・降格処分との関係について
では、次に出勤停止と降格処分との関係についてご説明したいと思います
出勤停止は、これは文字通り一定期間出勤させない処分です。
労働法の世界には、ノーワーク・ノーペイという考え方があります。
これは、どのような理由であっても、労働者が労働しなかった場合には、その労働しなかった分については、会社は給与支払う必要がないという考え方です。
出勤停止は出勤しないわけですので、当然、その出勤しなかった分の給料は支払われないこととなります。
ですから、仮に1日出勤停止を課せば、1日分の給与が支払われないこととなります。
ところで、給与1日は、先程ご説明した、減給の上限である平均賃金の1日分の2分の1を超えてしまいます。
となると、法律に違反するように思えますが、実は、これには通達が出されていて、出勤停止により労働者が労働しない期間中の給与を支払わない処分は、減給には該当しないとされています。
ですから、1ヶ月間の出勤停止処分を課した場合、その月の給与は、全く支給されなくなりますが、法的には、問題ないこととなります。
同じように降格も、降格により減額される給与の額が、減給の上限金額を上回っていたとしても、降格は、減給とは別処分とみなされるため、減給の制限は受けないこととなります。
ただし、降格が減給とみなされないためには、役職ごとや職能階級ごとの給与が賃金規程に定められていることが必要となりますのでご注意下さい。
労働基準法の減給規定が意味するものとは?
ここは非常に重要なポイントですので、是非、正しくご理解していただきたいと思います。
これまでお話ししてきましたように、労働基準法では減給の上限金額を「1回の金額が平均賃金の1日分の2分の1を超えてはならない。」及び「減給総額が、一賃金支払期の賃金総額の10分の1を超えてはならない。」としています。
この文章を読んで、減給の上限金額内であれば、法律が、経営者に減給できる権利を与えているかのように思われる方もいるかもしれません。
しかし、それは誤りで、法律は、あくまで減給をする場合の上限金額を定めているだけであって、「上限金額内であれば減給しても良い」とは言ってはいないのです。
つまり、たとえ、減給した金額が、法律で定められている金額内であっても、減給処分について労働者が訴えを起こし、裁判等で減給処分の正当性、妥当性を否認されてしまえば、減給処分は無効となってしまいます。
これは減給処分に限らず、全ての懲戒処分にも言えることで、先程、出勤停止及び降格について、減給の上限金額を超えることができる、と書きましたが、これもあくまで、出勤停止及び降格を行った場合に、給与の減る額が、減給の上限金額を超えても法律違反にならないだけで、処分そのものの正当性、妥当性は、全くの別の話となります。
ですから、懲戒処分を行うときには、処分の対象となった行動と処分内容とのバランスを考える必要がありますので、ご注意下さい。
遅刻早退欠勤控除との関係
ここでは、遅刻早退欠勤控除と減給との関係についてご説明したいと思います。
先程お話ししましたが、労働法の世界では、ノーワーク・ノーペイという、労働しなかった時間については、どのような理由であっても給与を支払う必要ない、という考えがあります。
ですから、遅刻、早退及び欠勤によって給与が支払われなくても、それは当然、減給には該当しません。
従って、遅刻、早退及び欠勤の控除額が、労働しなった時間に対して控除されているのであれば、これまでお話ししてきた減給の上限金額を上回ったとしても全く問題ありません。
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労働基準法の矛盾点
今回、減給についてのブログを書くにあたり、いろいろ法律等を調べていましたが、1つ首を傾げたくなる事実に気が付きました。
あまり、現実的な話ではないかもしれませんが、減給について理解が深まる内容かと思いますので、ご紹介したいと思います。
何度かお話してますように、労働基準法では、減給の上限金額を、「減給、1回の金額が平均賃金の1日分の2分の1を超えてはならない。」及び「減給総額が、一賃金支払期の賃金総額の10分の1を超えてはならない。」とされています。
先に、減給は、2段階で制限される、と書きましたが、正確に解釈すると「減給、1回の金額が平均賃金の1日分の2分の1を超えてはならない。」と「減給総額が、一賃金支払期の賃金総額の10分の1を超えてはならない。」の間は、「及び」となっています。
つまり、法律の正しい解釈は、減給の上限金額は、「減給、1回の金額が平均賃金の1日分の2分の1を超えてはならない。」と「減給総額が、一賃金支払期の賃金総額の10分の1を超えてはならない。」の2つの条件を同時にクリアする必要があります。
しかし、通常は、平均賃金の1日分の2分の1の額が、一賃金支払期間の賃金総額を超えることはないので、減給が複数回行われ、その減給額の合計が、一賃金支払期間の賃金総額超えてはならない、というように結果的に2段階に制限がかかる形となります。
ところで、ある月、全ての出勤日を無断欠勤した労働者がいたとします。
そこで、全ての出勤日を無断欠勤したことに対して減給処分を課したとします。
全ての出勤日を無断欠勤したことに対しての処分ですので、これが一事案となります。
平均賃金は、過去3か月間の給与を基に計算されますので、その月全休でも平均賃金は計算できます。
もし、仮に、平均賃金の1日額が、1万円であれば、5,000円まで減給できます。
しかし、先程、ご説明したように、減給は、もう1つの条件である「減給総額が、一賃金支払期の賃金総額の10分の1を超えてはならない。」もクリアする必要があります。
この労働者の一賃金支払期の賃金総額は、全休しているわけですから、0円となります。
つまり、平均賃金の額がいくらであっても、0円を超えてしまうので、結果的に減給処分はできないこととなってしまいます。
一賃金支払期の半分無断欠勤した場合には、減給の制裁ができるのに、全期間無断欠勤の場合には、減給の制裁ができないというのは、少し首を傾げたくなります。
しかし、法律上では、そのような取扱いとなりますので、もし、そのような場合には、減給より重い懲戒処分を考えざる得なくなります。
なお、「一賃金支払期の賃金」は、あくまで減給の対象となる行為が行われた日時を含む一賃金支払期ですので、先月や次月の賃金から減給することは法律違反となりますのでご注意下さい。
損害賠償金との関係
労働者が、会社の車両や設備・備品等を破損してしまい、その損害賠償(修理費用)を労働者へ請求する場合があります。
修理費用の請求は、あくまで実損の弁償となりますので、懲戒処分とは目的が異なりますので、修理費用の金額は、当然、減給の上限金額の制限を受けません。
なお、修理費用の請求については、給与から控除できない、修理費用の額を予め決めることができない等いくつか注意すべき点がありますので、是非、こちらのブログをお読みください。
TV等でもっと高額の減給が報道されているが・・・?
最後に少し余談になってしまいますが、今回、減給の制限についてお話してきましたが、「TVで、上限金額を超えた額が減給されているケースが報道されているのは何故?」と思われた方もいるかと思います。
企業や行政官庁が不祥事を起こし、社長や役員、官僚の給与がカットされたり、最近では大相撲の横綱が、給与1ヶ月分不支給という報道もされたりしましたが、確かにその額は、今回お話した、減給の上限額をはるかに超えています。
では、何故、このような額の減給が問題とならないのでしょうか?
まず、企業の社長、役員等のケースですが、労働基準法の対象は、あくまで労働者です。
企業の社長、役員は基本的に労働者ではありません。
労働者は、会社と雇用契約(労働契約)を結びますが、社長や役員は、委任契約となります。
ですから、そもそも社長や役員は、労働基準法の制限は受けなのです。
ちなみに、社長(代表者)は、会社規模に関わらず、労働者とみなされることはありませんが、小企業零細企業の役員は、勤務実態等により労働者とみなされることがありますが、TV等に登場する大企業の役員は、まず労働者とみなされることはありません。
また、官僚、つまり公務員ですが、公務員も基本的には労働基準法の適用を受けません。
公務員については、別の法律があり、その中で減給に関する規定が定められています。
特に国家公務員については、最大1年間、毎月の報酬月額の5分の1(20%)まで減給が可能という規定となっています。
最後に大相撲の横綱ですが、大相撲では、十両以上になると相撲協会から給与をもらうことができる、といったことを聞きます。
しかし、労働者の定義には、使用者の指示命令を受けて労働し、その対価として賃金を受け取る、という考えがあります。
さらに、所定労働時間や時間管理といった考えも必要となってきます。
もし、力士が労働者とすれば、相撲協会の指示命令を受けて時間管理されている必要があります。
その観点から考えると、力士は、年6場所の本場所や地方巡業等には相撲協会の指示で参加していますが、日々においては、各部屋の親方の指示に従って稽古等を行っています。
となれば、親方と力士との間に雇用契約があるように思えますが、親方は対価を支払ってはいません。
しかし、親方が、相撲協会において、会社でいう取締役のような位置付で力士に指示命令を出しているなら労働者性も考えられます。
つまり、力士が、労働者かどうかの判断は非常に曖昧と言えます。
実際、力士の労働者性のついての裁判がいくつか行われていますが、現時点では、確定的な見解が出されていないようです。
ですから、確定的な見解が出されていない以上、相撲協会としては、力士は労働者では無いという独自の判断の基で処分を行っており、その結果、これまでお話ししてきた、減給の上限金額を超えた処分が行われていることとなります。
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まとめとここがポイント
今回は、減給について労働基準法による制限やその計算方法、減給についての関連事項についてご説明してきました。
減給については、上限金額の考え方を正しくご理解いただくことはもちろんですが、最も注意していただきたいのは就業規則への規定です。
繰り返しになりますが、減給に限ったことではありませんが、懲戒処分を行うには、その根拠が重要視されます。
つまり、懲戒規定が無い場合には、懲戒処分ができない、という考えです。
これは、就業規則の作成義務が無い会社でも同じです。
特に減給は、懲戒処分の順番で譴責の後に置かれる場合が多いかと思います。
つまり、額はともかく、減給処分に至って、初めて労働者は実損を受けることとなります。
そのため、感情的になりやすく、トラブルに発展してしまう可能性も戒告、譴責処分に比べれば、格段に高くなります。
その時、就業規則が無い、つまり、減給処分を行う根拠がなければ、会社は不利な立場に置かれてしまうこととなっていまいます。
ですから、就業規則は、労働トラブル防止するためには非常に重要なものなのです。
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